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へそ曲がりセブ島暮らし2018年 その(22) 結婚式と披露宴に出るため隣りのボホール島へ

 フィリピンの結婚式というのは、日本のように大安とか友引といった縁起担ぎの日はあまり関係ないものの、普通は土日の週末にかけて行われていて、そういった中、平日の水曜日に挙行される結婚式と披露宴に家人と共に出席した。

【写真−1 新郎は弁護士新婦はこの町のミスに選ばれたことがある】

 

 しかも場所はセブ島内ではなく、隣のボホール島の首都タグビラランから車で2時間以上かかるそのまた奥の町で、行くだけでも船と陸路でかなりの時間を要す。

 新郎は家人の親しい友人であり小生も面識はあるので、仕舞い込んでいたスーツを久し振りに取り出し、ネクタイも祝い事に相応しい新しい物を、先日行ったマニラの店で購入した。

 また、新郎の同級生夫婦なども一緒に行くこととなり最終的に5人となったが、皆それぞれ忙しい職業に就いているために、ボホールの首都タグビラランで落ち合うこととなった。

 小生と家人はせっかくボホールまで行くのだからタグビラランでゆっくりしたいとし、同地で1泊することにして知人達と落ち合う日の前日にセブを発った。

 昨年、やはりボホールのアンダというリゾート海岸に行き数日を過ごしているが、その時の往路は夜行発早朝着のフェリーを利用したが、今回は午前中の高速船を利用した。

 この高速船、セブからタグビラランまで2時間程度で行ける便利なものだが、平日にも関わらず港のターミナルは観光客も含めて人でごった返していて、フィリピンは確かに人口爆発の国と感じた。

 当方は前夜泊まりのため市内のモールにあった映画館で『オーシャンズ8』を観る余裕だが、他の一行は当日の朝一番の高速船に乗るために4時起きで港に集合し、しかもその日にセブに帰る強行軍で、タグビラランに到着後は当方が泊まるホテルで落ち合い着替え。

 フィリピンはバス輸送の発達している国だが、正装して長時間、エアコンのないバスに揺られる訳にもいかず、また、教会から披露宴会場への移動、帰りの足などを考えてヴァンを一日貸し切ることにした。

 目指す街はアンダの先になるのでバス路線と同じように海岸沿いを走ると思っていたら、ヴァンは山道を走り抜け、運転手に聞いたら海岸回りより速く行けるといい、交通量が少ないので恐ろしいほど飛ばす。

 ボホール島はフィリピンの島の中でセブ島より少し小さいが10番目に広い面積を持つ島で、人口は135万人ほどで一つの州となっている。島にある自治体を結ぶように道は整備されていて、山の深い緑も目立つが内部は平地も広がり所々に水田も作られ水の豊富な島と分かる。

 

 途中、ボホール一の観光名所『チョコレート・ヒルズ』を通り過ぎるが、見物している時間はない。そうして挙式の行われる教会に着いたが、運転手が飛ばしただけあってまだ準備中。


 やがて、正装した人々が集まるが、最近のフィリピンの結婚式にはテーマの色があって、今回の結婚式には『灰色』と『黄色』が定められ、男性は灰色のシャツ、女性は灰色のドレスを着ていて、スーツを着てネクタイを締めているのは小生だけ。

 

 写真−1は新郎新婦の入場で、その後いろいろとカトリックの儀式が行われ、参列者にも役目が振られ、小生と家人はキリストの血と肉を象徴する、赤ワイン入りのボトルとホスチアという小さな煎餅状のものを神父へ納める役を仰せつかる。

 

こ ういうことをするとは事前には知らなかったが、信者でない小生はこういう儀式、行為は深く考えない方が良く、新郎新婦の歩んだ絨毯の上を淡々といわれた通りに進み、神父に渡した。

 

 結構長い儀式の印象があって、さすがに麻の夏物スーツとはいえ、ネクタイを締めてはかなり暑く、途中で配られたボトルの水で一息つけたし、この暑さも披露宴会場のリゾートでは海風が適度に吹いて苦にはならなかった。

 

【写真−2 現在日没前だが夜中まで騒ぐようだ】

 

 式が終わって、披露宴は写真−2のリゾート・ホテルで行われ、一同はそれぞれが用意した車で移動するが、当地の景勝地『アンダ海岸』を同行した知人達は見たことがないのでそちらへ立ち寄ってから披露宴会場へ。

 

 このリゾート、近隣では一番良いホテルらしく、ここを借り切って披露宴を開くとはかなりのものだが、新郎も新婦もかなり裕福な家の出で、費用がどうのこうのというレベルではない。

 

 リゾートの敷地はあまり広くないが海に面する崖の段差を上手に利用して造られ、このリゾート、敷地はあまり広くないが海に面する崖の段差を上手に利用して造られ、写真でも分かるように、新郎新婦の席は海を背景にした東屋の下で、なかなか様になるし、生バンドを入れるところなど、フィリピンらしい贅沢さ。

 

 帰りの船の関係で中座したが、予定していたタグビララン発セブ行きの夜行便は船体検査で急な欠航となり、仕方なく別のセブ行きの船を探し、トゥビゴン―セブという別ルートの船に乗ることにして真っ暗な山道を走る。

 

 トゥビゴンというのは前から聞いていたが、いざ着いてみると結構大きな町で、港もかなり整っていて、ここからセブまでフェリーで2時間少々で行け、タグビララン回りよりかなり速い。

 

 そうして深夜のセブ港に着いて、各自タクシーに乗って解散となったが、仕事を持っている人はボホール早朝到着、同日深夜帰宅となってかなりきつい結婚式と披露宴出席となった。


 『ジューン・ブライド』という言葉は日本でもかなり知られているが、元々は欧米発祥の言葉でその起源はローマ神話の女神に因む、あるいは農作業が一段落するのが前月で6月から結婚解禁するという説などがある。

 この月に結婚すると幸せになるというが全く根拠はなく、儲けに貪欲な商売人の発想が始まりではないか。これを猿真似したのが日本流のジューン・ブライドだが、6月の日本は梅雨時で当人は縁起担ぎで良いだろうが、雨の中を参列する関係者は少々有難迷惑になる。

 しかし、『マリッジ産業』という言葉があるようにこの業界はかなり将来性はあるようで、確かに人生の中で誰でも確実に主役になれるのは生誕時、結婚式、葬儀時であるから、伸びるのは当然であろうか。

 


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2018, 18:23
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マニラ逍遥 2018年 その(2) マニラ行きの飛行機は4時間半遅れて離陸

 4時間遅れて搭乗は始まったが、運航便は国内便にしてはずいぶん大きな機体と思って、備え付けの『緊急避難カード』を見ると『A330』。

【写真−1 昔のジャンボ機でもこれほどの閉塞感はなかった】

 この機種はアメリカのボーイング社と航空機製造でしのぎを削るエアバス社製で、航続距離1万キロを超す双発機だが、乗客を多数乗せられるために短距離の国内便でも多く使われている。

 写真−1はその機内の様子で、席の配置が3×3×3の9席となっていて、詰め込めるだけ詰め込んだ座席配置がありあり。いくら何でもこれはないだろうと思うし、低価格航空会社でも2×3×2の7席配置をする会社もある。

 この機種の標準座席配置は2×4×2の8席で、380席ほどだが、均一なクラスにして1席増やした9席とすると10%以上の席数を増加できるから、セブ・パシフィック航空のように定価価格で売る航空会社にとってはもってこいの機種になり、文字通り『空飛ぶバス』になる。

 それにしても窓側に座るとトイレに行く時、2人の前を気を使って通らなければならず、乗客本位の席配置でないことは確かで、短距離なら我慢は出来るが、長距離になるとかなり大変。そのためかこの便がマニラに到着後にトイレに駆け込む乗客は多かった。

 こういう大きな機体のために何に問題があったのか知らないが、ともかく通常ならキャンセルされても良い4時間以上の時間の遅れだが、どうしても無理してでも飛ばさなければいけない事情がセブ・パシフィックにはあったのではないか。

 乗り込んでからもすぐには離陸にならず、またドアを閉め切っても動き出す様子がなく、エアコンの効かない機内はどうなっているのかと、不満と不安げな乗客も散見するが、多くは使用禁止のアナウンスがあってもスマホに夢中になっていてつまらない時代と人々である。

【写真−2 離陸時のセブは曇天で雨は降っていない】

 飛行機は動き出した時が出発時間と決められているが、写真−2はその動き出した瞬間で、撮影記録時間を調べてみると15時30分であった。本来の出発時刻は10時55分であったから、正確には4時間35分の遅れとなった。

 このため、時間通りにマニラに着いていれば、余裕を持って家人と共にチャイナ・タウンで午後の飲茶を味わう楽しみは完全に吹き飛んでしまった。

 この程度なら笑って済ませるだろうが、国際便に乗り継ぐ客など甚大な影響を受けるから笑っていられないし、空港に迎えに来た関係者も4時間半も遅れるとは呆れるを通り越したのではないか。

 通常の離発着はマクタン島の南側からが多いが、この日の離陸は風向の関係からか珍しく反対側からの離陸で、座った席も右の窓側であったので普段見られない風景が見えた。

【写真−3 350万人が住むセブ首都圏ゆえ公害発生は必然】

 写真−3は空港を飛び立って右旋回している様子で、マクタン島とセブ島側が眼下にはっきり見えている。これで分かるようにセブ島側の海の色がはっきり汚濁している様子が分かるし、マクタン島側も浅瀬の具合もあるがやはり汚染されている海の色に見える。

 リゾートで売るセブも汚染が進んでいるのが実情で、先頃6ヶ月間の閉鎖措置が取られたボラカイ島の二の舞になりそうだが、そこは政治力という力学で表沙汰にはなっていない。

 それにしてもこのような汚濁の海に何も知らずに宣伝に釣られて訪れる観光客もいい面の皮で、観光業者も食い尽くすだけ食い尽くす姿勢は変わる様子はなく、何れボラカイ島同様自分の手で首を絞めるようになるのではないか。

 写真中央左寄りに見える一角は日本の税金で埋め立てた場所で、大手財閥企業が土地を取得して開発中だが、その辺りから第3の橋がマクタン島へ架けられる予定で、既に工事は始まっている。

 

 このように割合視界の良かったセブを飛び発つと雲が多くなり、やがて雲に全体が覆われマニラに近づくに連れて雨雲が視界を遮り、マニラ国際空港に着陸時には土砂降りの様相で雨は筋になって窓に流れた。

 


 

author:cebushima, category:マニラ逍遥 2018年, 19:43
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プーケット・ピーピー島・クラビ紀行 2018 その−(48) 昼寝をしたいバンブー島の木陰の下

【写真−1 これだけの大きい砂浜だと沖には珊瑚礁が】

 

 バンブー島の砂浜は写真−1のようにかなり奥行きがあって、押し寄せる観光客の姿とスピード・ボートの姿もそれほど気にならない。乾季のこの時期としては雲が多く快晴ではないが陽射しと白砂からの照り返しは強く、砂浜を横切って木陰の下へ。

 

【写真−2 木陰は昼寝に最適だがゴミのポイ捨て観光客も多い】
 

 陽射しを避けて木陰の落ちる写真−2の場所に移動。こういった観光地の浜には売店などの建造物が造られるものだが、全く見られなくて気持ちが良い。島の自然を守るためには大変良い。


【写真−3 高さの割には幹回りは細くしなやか】
 

 木陰を作っているのは写真−2の樹で、フィリピンでも見られ、高さは20メートルくらいに達し針葉樹の様な葉を持っている。バンブー島は水のない島と思うから、そういった乾いた環境に強い樹のようだ。

                                                        

【写真−4 何十年後には最適な木陰を作ってくれる】
 

 この樹は自然に生えた樹なのか植林した樹なのか分からないが、写真−3のように浜に進出して小さく育っている。生え方から自然な感じもするが植林したためと思うが、養分の少ない砂の上でかなり大きく育っている。

 

【写真−5 この島には人は住んでいないようだ】
 

 写真−5はそういった樹の生える内側から浜の方を眺めた様子で、トイレ施設が近くにある。この辺りも砂地で島の名前が『バンブー』とあるように『竹』もたくさん生えているかと思ったが、竹は水のない所に育たないので、これはタイ語のバンブー。

 

【写真−6 こういうゴミを船まで持ち帰らない観光客も多い】
 

 ここで昼食として配られたのが写真−6のパック弁当。メニューは炊き込みご飯で味をいうより自然の中で食べるのは何より。これで食後に木陰で昼寝が出来れば天国の島だが、それ程ゆっくりできないのが団体ツアーの欠点。

 


 

author:cebushima, category:プーケット・ピーピー島・クラビ紀行 2018年, 19:30
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