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フィリピン・よもやま帖 2018 その−(9) フィリピンの旧日本兵遺骨収集が再開される

 先の戦争中にフィリピンで戦没した日本兵、軍属の数は52万人といわれている。その内、これまでの遺骨収集数は15万人分で、残る37万人分は未収集という。
 

【旧日本軍が敗走に敗走を重ねたルソン島バギオ奥の山並み】

 

 ところが激戦地となったフィリピン側の犠牲者は111万人あり、日本人の戦没者の2倍以上もフィリピンは被害を受けたことを基本に知らないと、『旧日本兵戦没遺骨収集』という行為は侵略した日本の一方的な事業になりかねない危険性を孕んでいる。

 日本人は遺骨に拘る民族で、戦後70年以上を経過してもかつての戦地での遺骨収集は途絶えることなく続けられている。この収集活動は帰還した戦友や遺族会などが中心になり、厚生労働省が担当していたが、戦友、遺族といっても既に齢90の高齢に達し、次々と没しているために、戦没地の証言など得られない状況になっている。

 そういった中、遺骨収集を目的とするNPOが設立され、寄付金を集めて活動が始まり、やがて厚労省から委託業務費が出されるようになった。このNPOはセブにも事務所を構えている『空援隊』という組織で、主にフィリピンを活動地域にしている。

 ところがこのNPO、遺骨収集の過程で各地に問題を起こしていて、その最たるものが『盗骨問題』で、NPOの活動する地域で墓荒らしが横行し、安置していた遺骨が盗まれる事件が多発した。

 しかも『これは日本兵の遺骨だ』と遺骨を持って来れば、このNPOが遺骨を引き取り金を支払っていた事実も発覚し、日本及びフィリピン国内でかなり問題になった。

 このNPOがこれら持ち込まれた遺骨を旧日本兵の遺骨とした判断理由は、遺骨を『発見』したとされる場所が戦死者を埋めた場所であるという、持ち込んだ人物の『宣誓供述書』を根拠としている。

 この宣誓供述書というのは裁判などにも使われる真実を述べる公式文書だが、遺骨収集に使われた供述書は代筆などのでっち上げが判明しているし、供述書は弁護士を通じて作成するが、金さえ払えばどうにでもなるのがこの国でもある。

 この金で引き取っていた遺骨だがNPO側は国立博物館の専門家に鑑定をしてもらって日本兵の遺骨と認定したといっているが、その鑑定をした専門家自身『遺骨を見ただけでこれが旧日本兵かフィリピン人かなど判断できない』と暴露している。

 それを証明するように、NPOが収集した遺骨を日本に送ってDNA鑑定をしたところ大部分がフィリピン人の骨、中には子どもの骨もあり、NPOの杜撰さが明らかにされた。

 2006年のフィリピンにおける遺骨収集数は47柱と細々とした数字であったが、問題のNPOが関わってから急増し、2009年には7000柱以上を収集するが、これは明らかにこのNPOが金で骨を買っていた行為を裏付けると見られている。

 特にミンドロ島には少数民族が多く住み、その先祖伝来の墓が荒され政府機関を巻き込んだ騒ぎになっていて、このNPOは数千の遺骨を集めたといっているが、ミンドロ島の日本兵戦没者は500人に満たず、墓から持ち出した遺骨をこのNPOが金を払って収集していた疑いが濃厚となっている。

 こういう犯罪的なことをした背景には、遺骨収集の主管である厚労省がNPOに事業を丸投げにしたことと関係が深い。このNPOは厚労省から事業の助成金をもらっていたが、実績を上げれば補助金は増え、7000柱以上を収集した年には4700万円を事業資金として得ていた。

 この額は活動資金捻出に苦労する日本のNPOの資金としてはかなり莫大で、NPO組織の維持を始め内部は相当潤っていたと思われる。

 このNPO、セブにも事務所があると書いたが、セブでは遺骨収集を巡って裁判沙汰が起こされていて、それが現在どうなっているのかは知らないが、概略を書くと。

 セブで収集した戦没者遺骨を、セブにあるリゾート内で『焼骨式』を行ったが、その内容がリゾート側に知らされていなくて、煙や臭いが発生し、イメージも悪くなったと損害賠償を起こされた。

 焼骨というのは、発掘した遺骨は嵩張るのでまとめて荼毘に付し、容量を少なくする式で、その後日本に送られる。この事件はセブの地元新聞にも写真入りで書かれ、焼骨した跡にまだ骨の小片が散らばる様子が報じられた。

 この時、厚労省の担当者がいたために、裁判ではNPOの人間と厚労省の人間が被告になったが、その後この役人はどうなったか分からないし、裁判も決着したのか継続中なのかも分からない。

 この日本政府の人間が被告になるような裁判事態と関係があったのか分からないが、フィリピンにおける遺骨収集事業は2010年から停止された。

 これはこのNPOが収集した遺骨に多数のフィリピン人の骨が混じっていたために、日本人遺族関係者の感情を害したということもあり、問題の遺骨はフィリピンに返されて今は国立博物館に保管されている。

 この返還問題は日本兵は靖国神社に祀られる思想と一体で、純粋性を保ちたいためであろうが、フィリピンで勝手なことをした旧日本軍のことを考えると、一緒に祀っても良いのではと思うが、感情というのは割り切れないものがあるから致し方ないか。

 その中断していたフィリピンでの遺骨収集事業が5月8日、フィリピンと日本政府間で合意し、8年ぶりに再開されることになった。

 これはフィリピンの外務長官と日本の厚労省大臣が正式に署名したものだが、そういえばこの連休中に日本は首相以下海外に出ていて、その一環と思えるが、マニラ首都圏で開かれたアジア開発銀行総会に出席した麻生財務大臣は会議後の記者会見で『セクハラ罪はない』というのを公言している。

 この記者会見は日本人記者向けであったようだが、この会見を英語通訳を入れて海外の記者に聞かされたら、麻生はそのみっともなさを世界に発したも同然で、国際的な非難を浴びて辞任は必至。

 日本の記者団の追及も手ぬるく、麻生は言い放題のようだが、爺さんの吉田茂を真似しているだけの小心者で、こんな人物がかつて首相を務め、今も内閣のNO2に君臨しているとは日本は本当に人物が払底していると見られても仕方がない。

 さて、再開する遺骨収集はNPOの起こした事件からDNA鑑定をして日本へ持ち出す、国立博物館の専門家が同道、買骨はしないなどNPOが犯したことの真逆で、明らかにNPOの犯罪性を裏付けている。

 再開事業が始まったのは報道されていないが伏線があって、このNPOは国を相手取って損害賠償2件の訴訟を起こしていて、これが2017年3月に和解となった。

 NPOの損害請求額は3600万円以上だが、和解は400万円を国が支払うで決着。この額はNPO側の要求が過大で認められなかったと見て良いが、国としてはこのNPOを獅子身中の虫と思って、早いところ排除したかったのではないか。

 このNPOは活動資金源である国からの助成を絶たれても、遺骨収集の事業は存続させるようだが、前の様な『遺骨ビジネス』はもう出来ないのは確かである。


 

author:cebushima, category:フィリピン・よもやま帖 2018, 20:24
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フィリピン・よもやま帖 2018 その−(8) マニラ湾沿いに建てられた『慰安婦像』撤去されて製作者の元に

 自称、他称になるが世界の『三大夕陽の絶景地』というがあって、インドネシアの『バリ島』、フィリピンの『マニラ湾』、そして日本の『釧路』とされている。しかし、その基準というのは人間の感覚であり、季節や条件によって変わって来るから根拠は曖昧で、マレイシアの『マラッカ海峡』や、インドの南端近い『ゴア』だという人もいる。

【写真−1 たまたまロハス通りを走るタクシーから撮ったマニラ湾遊歩道】

 この中で、日本の釧路はその昔、自転車で東北、北海道を回った時に釧路港の夕陽に遭遇し、茜色に燃える中に海鳥が乱舞し、今まで見た数多見た夕陽の中で最も印象に残っていて納得はする。

 この夕陽の絶景地はどこも海辺に面しているが、インドシナ半島内陸部のラオス・ヴィエンチャンのメコン川沿いに住んでいた時、乾季の頃は毎日のようにタイ側に沈む夕陽を見ていたが、これもメコン川の水に映えて夕陽と水辺は切っても切れないようだ。

 『マニラ湾の夕陽』は戦前から有名で、当時の旅行者やマニラを占領していた日本軍関係者が書いた文献などにも『マニラ湾の落日』といった表現で頻繁に出て来るし、今も夕陽は美しい。

 夕陽はどこで見ても感動を呼ぶものだが、この夕陽のメカニズムは空気中の『塵』が多いほど、光の屈折が多様になって美しくなるとあり、簡単にいえば大気汚染が夕陽を美しくさせているとなっている。

 しかし戦前のマニラにしても、内陸部のヴィエンチャンにしてもそれほど大気汚染は酷くないと思うから、そればかりではないようだ。

 さて、そのマニラ湾沿いにはかつての大統領の名前を付けた幹線道路があって、名前を『ロハス大通り』という。この通りにはマニラのヨット・クラブがあり、今も開催されているのか知らないが、かつて香港スタートの『チャイナ・シー・レース』という名の外洋ヨット・レースのフィニッシュ点でホスト・クラブになっていた。

 このレース、気になって調べたら今も時計のロレックスがスポンサーになって毎年開催。今年は3
月28日に香港をスタートし、1番速かった艇は3月30日にフィニッシュ・ラインを横切っている。ただしフィニッシュは、かつてアメリカの海外における最大の海軍基地のあった、スービックに変更されているからかなり雰囲気は変わったのではないか。

 さて、ロハス通り沿いには政府機関も数多くあって、フィリピン中央銀行、財務省、観光省などがあり、極めつけは、アメリカがフィリピンを植民地にしていた時代から海沿いの一等地に構えるアメリカ大使館があり、アメリカに行きたいフィリピン人のヴィザ申請でいつも賑わっている。

 この通り沿いには日本大使館もあり、こちらは日本行のヴィザの取得方法が代理店経由に変わったために、広大な敷地もあってか、いつも閑散としている。

 この日本大使館、かつてはマカティ市に普通の道路沿いにあって現在地へ移転したが、移転前の日本行を目指すフィリピン人がヴィザ申請で黒山のように集まり、それを狙った各種申請業者などが入り乱れ、特に芸能ヴィザが右肩上がりに急激に増えた時代でもあり、その混沌とした空間も懐かしく感じる。

 といったところで本題に入るが、昨年12月に日本大使館から2キロくらい離れたマニラ湾を臨むロハス通りの遊歩道上に『慰安婦像』が設置された。慰安婦像の設置については韓国が熱心で、韓国国内はもとより海外にも設置を行っているからその一環かと思われた。

 その設置を巡って日本と韓国の外交上の摩擦になっているが、それは歴史の事実を認めたくない自民党政府の意向であって、普通の人間は『だからどうなの』という程度ではないか。

 フィリピンを訪れる年間外国人観光客数はかつては日本人が1位であったが、今は韓国人が1位で、日本人は3位か4位になっているが、日本人の訪問数が減った訳ではなく横ばいで、韓国や中国からの訪問者数が激増した結果であり、フィリピンが日本人にとって魅力がなくなった訳ではない。

 

 そのためマニラに設置された慰安婦像は、訪問者数1位を続け、フィリピンで商売を拡張している韓国系の人々が建てたかと思われたが、これが意外に中国系の団体が建てた。

 

 中国人(正確には漢民族)というのは実利のないことをしない民族で、慰安婦像の様な抽象的な取りようによっては嫌がらせ的な行為はしないし、現に韓国以上に日本が暴虐の限りをつくした中国ではこの手の行為は山ほどあっても良いが、案外と少ない。

 フィリピンの経済は中国系(正確にはフィリピン国籍を持つ華人、移民の華僑)に牛耳られて、その力は先の大統領選で金もなく泡沫候補であったドゥテルテが当選したのも、中国系の後押しと巨額な選挙資金があったためで、そのせいもあって、当選後のドゥテルテはかなり中国寄りの発言、態度を取っている。

 

 マニラ湾に建てられた慰安婦像は唐突に出現した感じで、日本大使館辺りもその情報はほとんど掴んでいなくて、建てられた後にフィリピン政府に抗議をしたが、日本側の間抜けさが目立つ。

 

【写真−2 拝借した写真だがそんなに出来栄えは嫌味な像ではない】

 

 この像は唐突といいながら、設置には政府の機関である『国家歴史委員会』の承認も取っていて、マニラ湾沿いの遊歩道上の管理者はマニラ市で、マニラ市も設置許可を出していて、その動きを全く分からなかった日本大使館の情報能力というのは相変わらず体たらく。

 

 設置後に日本から訪れた国会議員なども『設置は遺憾』とフィリピン政府に抗議を申し入れているが、ドゥテルテは民間のことだからと逃げを当初は打っていた。

 

 ところが、日本のフィリピンに対するODA額は国別では1位で、ドゥテルテ政権が押し進める巨大インフラ整備事業は日本の金がかなり注ぎ込まれ、最近でもフィリピン初の地下鉄着工が決まったが、1000億円を遥かに超える工事費は日本の丸抱え。

 

 このため、日本側の圧力が効いたのか、4月27日深夜に台座ごと撤去されて何処へともなく慰安婦像は消えた。この撤去、数日前から近くに重機が置かれ、慰安婦像の撤去が噂さされていてその通りになったし、日本大使館にはフィリピン政府側から1日前に撤去する通告があったという。

 

 

 恐らく日本の金が欲しくてドゥテルテは転んだのだと思うが、この撤去を受けてドゥテルテは『もう終わったこと』と逃げの一手で避けているし、この慰安婦像が建てられた後に、台座に埋め込まれたプレートが薬品の様な物で消された事件も起きたが、その事件も完全に有耶無耶で、一説にはフィリピンに住む日本人の仕業という話もあるが、噂の域を出ない。

 

 撤去されて胸をなで下ろしたのは、仕事をやったと思っている日本大使館関係者や日本の外務省で、この撤去された慰安婦像は、像はそのままトラックに乗せられてリサール州に住む像の制作者の元に運び込まれた。この作者には撤去する1週間前に設置した団体から伝えられたというから、かなり計画的で隠密であったことは間違いない。

 

 ドゥテルテは撤去後に『私有地なら問題ない』と発言していて、設置団体は教会などの敷地に建てる計画を表明しているから、この問題は日本の関係者が胸をなで下ろすには行かず再燃するのではないか。

 

 慰安婦に付いてだが、軍隊と性の問題はいつの時代でも密接で、『皇軍』といわれた日本軍も中国大陸や朝鮮半島、南方地域で必ず『慰安所』を設け、かの中曽根元首相も主計将校の時、慰安所開設の証拠文書を残している。

 

 その慰安所に現地女性を徴用したのが『強制連行』の源になり、それを日本が認めたのは1994年の社会党出身の村山首相であり『アジア平和基金』というものが開設されたが、政府としての正式の謝罪はなされていず、これが後々の慰安婦問題を引き摺る。

 

 皇軍とは名ばかりで、戦地での日本兵による強姦事件は多発し、特に中国戦線では著しく、綱紀粛清のために慰安所が組織的に作られたともいわれていて、このフィリピンも相当数の女性が強姦被害に遭っているが、その真相は闇の中。

 

 この慰安婦問題がいまだにあるのは靖国神社に祀られた兵士達は『皇軍』であり、お国のために戦ったのであって畜生の様なことはしていないという認めたくない遺族感情があるためで、事実は事実として認める必要があるのではないか。

 

 このフィリピンでの慰安婦像問題、当分収まりそうもないが、国内報道などを見るとそれほど関心があるように見えず、韓国の様な執拗な追及はなく、これはキリスト教の『許す』という考えがあるためかとも思うが、端に無関心だけなのかも知れない。

 


 

author:cebushima, category:フィリピン・よもやま帖 2018, 19:22
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フィリピン・よもやま帖 2018 その−(7) とうとう閉鎖される汚染されたボラカイ島

 その−(1)と(6)で、ボラカイ島のことを書いているが政府は4月4日、ボラカイ島の閉鎖を決めた。

 

【こちらも閉鎖される映画『ザ・ビーチ』で知られる芋洗いのマヤ湾】

 

 閉鎖期間は4月26日から半年間という長期間で、島に観光客を入れずに島の環境汚染を解決するという前代未聞の策が果たして成功するかどうか、ボラカイ島に限らず環境汚染の酷いフィリピンの著名リゾートからの視線も熱い。

 

 現在、フィリピンの学校は夏休みに入っていて、家族連れでボラカイに遊びに行く予定を持っていた人々にはショックではあるが、既にボラカイの閉鎖は2月の大統領の『ボラカイの海は汚水溜め』発言から始まっていて、以来ボラカイを避ける動きも加速していた。

 

 ボラカイ島の面積は1000ヘクタールあり、これを日本の皇居と比較すると、皇居の面積は230ヘクタールあり、皇居4つ分強がボラカイ島の大きさで、この小さな島が野放図に開発されたのが問題の発端となった。

 

 この小さな島に、年間200万人以上も観光客が押し掛けていることも環境汚染の源になり、島関連の観光に従事する人数は3万6千人以上といい、この人々が一気に失職し、その家族も含めればかなりの住民が大きな影響を受けるが、何でもありのフィリピンでも衝撃は大きい。

 

 この閉鎖決定に対して住民は不安を隠せないが、猛烈な台風がボラカイを直撃し、被害甚大で島が長期間閉鎖されたと思えば、何とかなると思う人もいて、諦めと共に大きな反対は起きていない。

 

 ただし、閉鎖期間中の収入が途絶えることに対して、失業保険などのような社会保険が未発達なフィリピンでは、政府関係機関が救済措置を講じるとしているが具体策は挙がっていない。

 

 この長期に及ぶ閉鎖によってボラカイ島が受ける経済的損失は千数百億円と見込まれ、これはフィリピンの国民総生産の0.1%に当るというから、たかが観光地の問題というには影響は大きいし、再開後にもすぐに元のように観光客が戻るかどうかの不確定要素も残る。

 

 今回のボラカイの環境破壊がどれだけ酷いかだが、ホテルやレストランなどの商業施設が834棟ある中で、下水道をそのまま垂れ流していたのが716棟あり、ほとんど無法状態となっていて、大統領が『下水溜め』と怒ったのもその通り。

 

 閉鎖期間中には下水道の整備、自然保護地域に違法に建てられた100棟以上のホテルを取り壊し原状回復するとなっているが、こういう違法建築物は行政の目こぼしがないと出来ないもので、こういった怠慢な地元役人の摘発もあって良いがその辺りは聞こえてこない。

 

 怠慢と書いたが、目こぼししてもらうには業者から役人に金が渡る贈収賄行為が必要で、島ぐるみで違法行為をやっていたからこの閉鎖はいい気味だとの声もあり、今までボラカイに来ていた客は頂きだと嘯く業界関係者も多い。

 

 しかし、ボラカイの問題が大きくなって、セブやエル・ニド、ボホールなど国内の著名リゾートの環境破壊、違法行為が次々と明らかになって、フィリピンのリゾートは信用できないのも確かで、国際的に敬遠される恐れもある。

 

 また、簡単に違法建築を取り壊すというが、フィリピンは『不法占拠』という言葉が普通に使われ、不法もやってしまえば堂々と居座れる国柄で、そういった違法建築を追い出すのも流血騒ぎが当たり前だし、裁判に持って行けば簡単ではなく時間がかかるのは必至。

 

 ただし、このリゾート地の環境汚染は世界的に広がっていて、今年の初めタイのプーケットやピーピー島へ行ったが、どこも観光客に溢れて生活排水が海に流れ込んでいて、特にピーピー島など酷かった。

 

 そういえば、映画のロケ地で有名になった島のマヤ湾のビーチなど芋洗い状態で、タイ政府はこの島を6月〜9月まで閉鎖を決めたが、許容範囲を超えて観光客が押し掛けるのが普通になっている現在、ボラカイも再開するにしても適正な入島制限が必要である。

 

 島の飽和状態を放置していた政府も地元行政の責任は重大だが、こういった騒ぎの中不思議なのは、ボラカイに中国系の大きなカジノ・リゾートが2ヶ所、政府が認可を出したことで、今回の違法建築ホテル一掃も利権絡みで、新規カジノを助けるためにやっているのではとのうがった見方もある。

 

 この閉鎖の動きを受けて、ボラカイに空路で客を運んでいた航空会社は便の停止を早々と決めているが、こういった無造作に客を運んでいた航空会社も責任は免れない。

 

 今回の閉鎖騒動は『他山の石』ならぬ『他島の石』として、関係者に猛省を促したいものだが、喉元過ぎれば忘れるのはフィリピンも日本も同じで、果たしてどうなるか。

 


 

author:cebushima, category:フィリピン・よもやま帖 2018, 18:19
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