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9月30日(木) 曇り、朝方雨、微風 閑話休題 《 文化大革命の再来か、中国の今 》
文化大革命時のビラ 私はずいぶん中国のことを書くが、『反中国』でも『容中国』の人間でもない。

 中国人と仕事をした人間でもあるし、大学の時は第二外国語に中国語を選んだ位だから『解中国』人間といって良い。

 ところがこの程の『尖閣』を巡る中国の対応は、こういった私のような『解中国』人間を離反する動きとなりそうだ。

 ここで忘れてならないのは中国は『一党独裁』国家の特殊な国が建国以来60年以上続いていることである。

 あの広い国土と、14億人にも達する人口を抱えていれば、並みの民主国家では国内を統治できないのは、実際に住んで様々な地方から出稼ぎに来る若者の潮流を見れば分からぬでもない。

 小平以降は共産主義の旗を降ろしたが、近年次々と仕掛ける強硬路線は『軍部』主導と見られ、中国の持つ危険体質が露わになった。

 1970年前後に中国では『文化大革命』の嵐が吹き荒れたが、その当時に『紅衛兵』として嘴の黄色い連中が今は中国の要職を占めるようになった。

 私が中国にいた時、要職に座る人間に対して『あの人物は文化大革命の時、ワアワア騒いでいただけで何の能力もない』という人物評価を良く聞いた。

 まだ、その頃は要職といっても中堅で、今はかなりの地位に付いていることは想像できる。こういった自国民から『無能力』と嘲られる人物達が肩で風を切って構成しているのが現在の『中国国家』である。

 中国政府は『ネット世論』に敏感らしいが、これなど文革時に意図的な『壁新聞』ですべての流れが作られたのとソックリである。

 紙の時代からネットになっただけで、権力側のその小心ぶりは全く変わっていない。壁新聞もそうだったが、ネット世論なども権力側が仕掛けているのは見え見えである。

 といった訳で中国の現在の強硬路線は文革時のように権力闘争が再来しないと当分続くだろう。しかし、当時とは情報の伝わり方が格段に違う現在、否が応でもこの国と向き合わなければならない時代だ。

 今回の件で、中国は日本以下韓国などアジア周辺諸国に抜きがたい警戒心を植えつけたことを改めて思い知る時が来るのではないか。
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author:cebushima, category:閑話休題2010年9月, 09:14
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9月29日(水) 曇り、にわか雨、風なし 閑話休題 《 クリスマスまで何日……の気分 》
クリスマスまで何日…… 日本では猛暑が終わって秋の到来で一息ついた季節になったが、このフィリピンは早くも『クリスマス』の到来を待ち受けている。

 その理由は、クリスマスはDecember25日、月の表示の後半にberが付けば既にクリスマスに入っているという。

 それで8月のAugustから9月のSeptemberに入ると共通のberになりクリスマスのカウント・ダウンを始める。

 写真は全国ネットのテレビ・ニュースの終わりの画面で、左下に『クリスマスまで94日』と表示されている。

 撮った日は922日(水)だったが、こういった表示が出たのは9月に入ってすぐではなく、クリスマス前100日からだった。さすがのフィリピンも9月に入ってすぐにカウント・ダウンするには恰好が悪いと思ったのか、切の良い100日目から表示している。

 テレビではこのように始まったが、まだまだ街や店などではクリスマス商戦には早く、じっとなりを潜めている感じである。

 カトリック国なのでクリスマス行事は大切なのだろうが、フィリピン以上にカトリックの多い中米に住んでいた時には、これほど気の早いクリスマスにはならなかった。

 その地では12月頃に入って、店などで飾り付けが始まるし、クリスマス気分が盛り上がるのは市場で飾り付け用の植物が売られる頃で、クリスマスらしい気分になるのは直前だった。

 住んでいた家のそばにカテドラルがあって、その前の公園に舞台が作られクリスマス前と当日にバンドがにぎやかに夜遅くまで演奏するのが、静かな山の古都のクリスマスだった。

 敬虔なカトリック国といいながら、教会に尻を向けて若い女の子が腰を振るダンスに観衆は盛り上がり、そう言うものかと眺めた思い出がある。

 さて、フィリピンのクリスマス、海外へ働いている身内からの送金が増える時期でもあり、その金を握ってモール内で買い物をする家族が目立つのも近い。

 今年の海外からの送金額は前年と比べて10%以上は増えているというから、OFW(海外就労者)も頑張っているなと思う時でもある。
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author:cebushima, category:閑話休題2010年9月, 09:42
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9月28日(火) 曇り、時々雨 閑話休題 《 フィリピンにもある領有問題―南沙諸島 》
南沙諸島上空を通過 2年前にマニラークアラルンプール間の飛行便に乗ったことがあった。

 4時間半強の飛行時間だったが、マレイ半島に差し掛かるまでは途中何もないだろうと思い、離陸後は座席で本を読んでいた。

 天気は雲量多目で晴れ、南シナ海上を穏やかに飛行機は進んだ。行程半ば頃に機外を見ると、眼下の海面上に島が見えた。

 慌ててカメラを取り出し窓越しに撮影したのが掲載した写真で、画面の左3分の1、上から3分の1の所に涙状の島が写っている。備え付けの機内誌の地図を見たら、『南沙諸島』の一部だったようだ。

 領土問題は難しく尖閣諸島は日中、竹島は日韓がしのぎを削るが、この南沙諸島でフィリピンは台湾、中国、マレイシア、ブルネイ、ヴェトナムなどと領有問題でせめぎあっている。

 南沙諸島はフィリピンでは『Kapuluan Kalayaan』というが、英語の『Spratly Island』の方が分かり易い。

 ここは諸島とはいうが、大小の島と岩礁で成っていてその数750以上、総面積はたったの5平方劼靴ない。1番高い所で5mしかないから大波でも来れば水没する。

 ここで各国が目を付けているのはやはり海底資源目的だが、特にフィリピン、台湾、中国は強行派でそれぞれの島に飛行場や建物、軍を常駐させて実効支配をしている。

 それが、尖閣諸島と違ってトラブルにならないのは、勝手に住み分けて見て見ぬ振りをしているためである。これが大人の外交、やり方というものでわざわざ火に油を注がないのが知恵というものである。

 話し合っても埒が明かない領土問題など片目をつぶって対処するしかない。そういった意味では中国の日本に対する異常な対抗心は今後を考えると禍根を残す。

 南沙諸島を海図で見ると諸島はフィリピンのパラワン島に近いが、国際法上は自国に距離的に近いからといって、領有権主張の根拠にならず、あくまでも歴史の経緯と確固たる文書で帰属は決まる。

 どこも権利を主張するならこのまま放っておくのが1番良い。
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author:cebushima, category:閑話休題2010年9月, 09:34
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