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2月28日(月) 曇り、微風 夜半雨 閑話休題 《 週末に読んだ自叙伝『真珠湾攻撃総隊長の回想』 》
淵田美津夫自叙伝 2001911日、ニューヨークの世界貿易センターが体当たり航空機で壊滅した時『第2の真珠湾攻撃』とアメリカ国内では喧伝された。

 それほど、アメリカの歴史ではこの攻撃は衝撃が強かったことを物語る。

 1941128日、第1次攻撃隊183機をハワイ・真珠湾攻撃隊を率いたのが淵田美津雄中佐(当時)で、この自叙伝は没後に子息が保管していた自筆原稿をノンフィクション作家が時空列にまとめたもので、500ページを超す。

 淵田は海軍の参謀を務めた人間で、参謀というのは作戦命令を書くため文章は簡略明快、要点を突く訓練が成されていて文章は読み易い。淵田は戦後何冊か体験記を書いているが、この本は自叙伝であり、未完に終わったことが惜しい。

 淵田は真珠湾以降、日本海軍が負け戦に向かうミッドウェー海戦での空母赤城で受けた重傷、広島・長崎原爆投下直後の現地入り、敗戦時の米艦ミズーリ号降伏調印式の列席と数奇な体験をしている。

 また、自叙伝では戦後キリスト教に帰依し、伝道師となってアメリカを回るなど記述していて、その信仰動機は私のような信心の薄い人間には今一つ分かり難いが、一人の人間としては結構な人生だと思う。

 淵田の敗戦時は大佐で、今の慶応大学日吉校舎のある日吉台に引き籠った海軍総隊参謀で敗戦を迎えた。

 淵田の海軍兵学校同期に源田実が居る。真珠湾攻撃も行を共にしているが、源田は戦後自衛隊に入りトップに上り詰め、最後は自民党の参議院議員となった人物で旧軍の反省が全くなかった。

 淵田と比べると源田は頭は良かったであろうが、典型的な政治軍人でこんな人物が海軍の参謀として力を持っていたのが不思議で、淵田より人間の出来は落ちる。

 淵田はアメリカ伝道に枚数を費やし、特に戦時中の仇敵だったニミッツなどの提督とも会っている。それが戦後間もない1952年頃の話で、まだまだ敵国日本への感情は良くないだろうが、案外と戦争の前線に立った当事者というのは戦い終われば互いを尊敬するのだなと思った。

 アメリカ人気質もあるだろうが淵田は『英雄』と見られていて、トルーマン、アイゼンハワーなどの大統領とも会見している。

 こういった戦後のアメリカの態度を考えると、日本軍の『生きて虜囚の辱めを受けず』を強要し、無駄に命を散らした日本帝国軍隊とはいかに歴史上で残酷な存在だったと分かる。

 自叙伝というのは人に読ませるために書くから都合の悪い所は隠し、都合の良い所は誇張することが多い。淵田のこの自叙伝もその節はあるが、こういった人物があの戦争を戦ったのかと思うと感じるところも多い。

 淵田は敗戦21年後に死去、享年73だった。
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author:cebushima, category:閑話休題2011年2月, 11:12
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2月27日(日) 雨、風なし 閑話休題 《 岡本太郎生誕100年とその時代 》
岡本太郎デザイン、太陽の塔 岡本太郎と聞いても若い人には分かり難くなっているが、戦後の抽象表現世界で一時代を画した人物である。

 1911226日生まれで、昨日が生誕100年になる。

 岡本は199684歳で没したが、写真は1970年、大阪で開かれた万国博で建造された『太陽の塔』で、閉幕後も記念物として残されている。

 私は大阪万博など全く興味がなく、当時何を騒いでいるのかという気分だった。万博跡地に国立民族学博物館が作られ、時は忘れたが一度そこを訪れた時があった。

 博物館に自作ヨットで世界一周した21フィートの『信天翁供戮保存展示されていてそれを見るのが目的で、太陽の塔も見ているはずだがあまり記憶にはない。

 太陽の塔は高さ65m、今写真で見るとペンギンが羽を広げた形で良くも悪くもないが、こういう奇妙なオブジェを作れるエネルギーがあの時代にはあったのだなと感じた。

 この塔で記憶に残っているのは若者が塔の上部に籠城した事件で、調べたら426日から53日までの出来事だった。ちょうどゴールデン・ウィーク中で一層話題になったが、今思えば万博に花を添えた予定外のアトラクションと思って良い。

 万博は昨年中国・上海で開かれているが、多くは途上国の位置から脱し、離陸する時期に行う。その前にオリンピックをするのが定番で、日本、韓国、中国と綺麗に型通りになっている。日本はこの手の催しが大好きで、大阪以下各種名目の国際博覧会を5回も開催している。

 さて、岡本太郎には高校生の頃から興味があって、ずいぶん著作を読んだが、あまり書かれていることが分からなかった。ただ何となく、一方的に挑発している感じだけは掴めたが、今再び読んだら良く分かるかも知れないが、既に興味は薄れている。

 昨年ノーベル賞科学分野受賞で日本は有頂天になったが、岡本のような教養とパワーを持った人間が評価されず、しかも日本からこういったタイプが少なくなったことを考えると、文化の面でも衰退が起きている。
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author:cebushima, category:閑話休題2011年2月, 11:16
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2月26日(土) 曇り、軽風 閑話休題 《 小向美奈子に見る私刑=リンチの時代 》
成田で逮捕された小向美奈子 今日は1936年(昭和11年)226日二・二六事件(ニイニイロク)があった日だった。

 そのことを書きたいと思ったが、セブは気温25度、穏やかな天気で75年前の雪の日の事よりも今の事を書くことにする。

 小向美奈子という芸能人がフィリピンに滞在していて、25日のJAL便で日本に帰って成田で逮捕された。

 小向という芸能人個人には興味は持たないが、それを巡っての世間の動きから興味を持った。小向には警視庁から『覚せい剤譲り受け』の容疑で逮捕状が出ていた。

 それとフィリピン渡航が重なったものだから、国外逃亡だとかフィリピン永住などと三文記事の頭の悪いマスコミが騒いだ。小向には20092月、覚醒剤で懲役16月、執行猶予3年の判決が出ていて再犯かと世間の心証は悪い。

 しかし、全ての情報は警視庁が流す一方的なもので、明らかに情報操作をしている。薬物犯罪は芸能人を血祭りにするのが効果的らしく、捜査当局は無理に事件を作っている所がある。

 小向については警視庁がパスポートの返納を外務省に要請したが、この『旅券法』を見ると、確かに1915項目に渡って書かれている。ただし、返納の手続きは要請されたらすぐに適用されるのではなく、それなりに順番がある。

 返納しないと23条に5年以下の懲役、あるいは300万円以下の罰金と在り結構重い罪になっている。この返納、確かに海外に出た人間を締め上げるのには効果的だが、小向よりはるかに重い罪状で海外に滞在する邦人に警視庁、外務省は返納措置を過去にした事があるのかどうか疑問で、警視庁と外務省の八百長ではないか。

 この辺りが無理に事件を作っていると感じる。ヴィザの期限が切れる前に小向は日本に帰るのは分かっているのだから、騒ぎ過ぎ、ましてや逮捕状段階でいかにも小向を極悪人のように書き連ねる軽薄マスコミ連中には馬鹿としか言いようがない。

 もっともこれに乗せられる一般人といわれる存在はもっと薄気味悪い。これは『私刑=リンチ』そのもので、どうもインターネット時代はリンチの時代ではないかと思ったりする。

 小向は浅草ロック座でダンサーとして今だ名を連ねていて、そこの84歳の女会長が小向を支えるといっているから、世の中にはこういう人も居るかと感じ入った。

 そういえば、この間、セブで6歳少女の誘拐殺人事件で誤認逮捕されたノルウェー人男とフィリピン人女のカップルがあったが、あれなど捜査した警察など恥知らずに知らんぷり、世間もリンチそのものだった。

 今回の小向の事件も嫌疑不十分だったら散々書き散らし、映像を撮った連中はどういう反応を出すのだろうか。

 小向に味方をする気もないが、警視庁も取り調べ検事も既にシナリオを作って取り調べるだろうからそれが怖い。
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author:cebushima, category:閑話休題2011年2月, 11:27
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