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6月30日(木) 曇り、夜半雨 閑話休題 《 11人の旅券返納命令を受けた日本人 》
旅券返納の記事 日本人が持つパスポートは『旅券法』によって管理される。

 といっても結構ゆるい法律で、例えば現地に3ヶ月以上住む場合は日本の公館に在留届の義務を持つが、罰則規定がないので有名無実になっている。

 フィリピンなどは在留届を出した邦人は2010年で17,757人になるが、出さない邦人も同じ位居るのではないかといわれている。

 さて旅券法19条にある『旅券返納命令』というのをご存じだろうか。これは〇犒此¬鬼もしくは2年以上の懲役刑に当たる罪で逮捕状を発行された者、海外逃亡の可能性があり警察庁が外務省に対して逮捕状発行を通知した場合などに適用される。

 要するに日本国内で犯罪をし、海外に逃亡中、もしくは逃亡の恐れのある容疑者に命令が出る。この命令は在外日本公館に告示され、年に数回あるという。

 この526日付で在フィリピン日本大使館にこの命令書が張り出された(写真)。人数は11人で返納期限は627日までとなっている。

 この顔触れを見ると、詐欺事件6人、業務上横領3人と金に絡んだ犯罪者が多数を占め、強行犯は強盗致傷1人、覚醒剤取締法違反1人と案外と少ない。海外逃亡を計るような連中は金に汚い証拠にもなるが、こういった逃亡犯が逃げる国はフィリピンが多いのは有名な話である。

 そういえばこの間、小向というフィリピンに滞在しただけの芸能人を巡って警視庁と馬鹿マスコミは騒いだが、あの時も旅券返納がどうのこうのとあった。

 事件は警察のでっち上げ、泰山雷同して鼠一匹も出なかったが、あれで小向に謝罪したマスコミはないからどういう神経の連中が報道をしているかそのレベルに呆れ果てる。

 ところでこの旅券返納命令通りに旅券を在外公館にノコノコ出頭し返納するような犯罪者が居るのだろうかと疑問が持ち上がる。旅券を帰してしまえば不法滞在になるから、即座に在住国の入国管理局に逮捕される。

 ただでさえ、危ない橋を渡っているのに『ハイ、そうですか』と差し出す犯罪者は居ないと見る。こういうもっともらしい仕事をやっているのが役所というものだろうが、どこかおかしみがある。

 もっと面白いのはこの処分に不服がある場合、国を相手取って裁判を起こし、処分の取り消しが請求できるという。提訴期限は命令を知った日の翌日から半年以内ともっともらしくあるが、海外逃亡中の犯罪者がこんなことができるのかと、これも人を食った規定に感じる。

 実際にこの返納命令がどの位履行されているか数字がないので想像するだけだが、外務省も詳しい統計内容を出しても良いのではないか。

 旅券といえば私自身もう何冊パスポート(旅券の券はチョッと古過ぎる)を持ったか思い出してみる。多分普通の人とは違って公用パスポートを何冊も受けているから冊数ではかなりになる。

 もっともこの偉そうな公用旅券、何の特権もなく入国審査は普通の列で何か便宜を受けたことがあるかといえば外交官旅券と違ってほとんどなし。それでも中米のコスタリカを出国する時に公用旅券を見た係員が出国税を免除してくれた。その程度のものである。

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author:cebushima, category:閑話休題2011年6月, 09:18
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6月29日(水) 曇り、微風 閑話休題 《 平成生まれで初の幕内力士『高安』から 》
新入幕の高安 海外に住んでいると日本の『元号』などは全く縁がないし使うこともない。

 私は西暦の方が分かり易くてそちらしか使わないので、今年が平成何年かおぼろげで手元にある日本の新聞の日付けを見たら平成23年だった。

 元号は天皇の在世中を一元としているが、その昔は天皇在中にいくつも元号を変えているから、これもご都合で権威付けている。

 もっとも西暦ばかりが良いかというと、日本の歴史を顧みる場合には元号はその時代の空気を表わすから、無下に捨て去れない。

 昭和は『戦争の時代』といった史家が居たが、正にその通りであり、今の平成は後世に何と呼ばれるか興味を覚える。

 その平成元年に生まれた子が大学を卒業して社会人1年生として働いている年齢になる。この間、元号が変わったばかりと思っていたのに時の移ろいは早い。

 私は昭和から平成に変わった時、アフリカに居たので昭和天皇の死や元号が変わったなどの騒ぎは全く受けていなく、何日か経ってBBC放送を聴いて分かった位である。

 さて、不肖続きの大相撲が7月から名古屋場所を開く。2場所開いていないのでファンはようやくという感じであろう。私はそれほどファンではないが子どもの時は蔵前の国技館で何度も観戦した経験がある。

 先日、名古屋場所に向けて新番付が発表されたが、その中に平成生まれで最初の入幕者『高安』(写真)が話題になった。

 高安=タカヤスとは芸のないしこ名だが本名になる。高安は平成2年(1990年)生まれで21歳、185cm131kgと体格、年齢ともに将来が嘱望される。

 所属部屋は59代横綱『隆の里』が起こした鳴門部屋。隆の里は1983年(昭和58年)に昇進、前には千代の富士、後ろには双羽黒が続く。部屋を興したのが平成元年、関脇、幕内2人、十両1人を抱えるから部屋としては中堅どころになるだろうか。

 この高安、母親がフィリピン人で、私などもフィリピンに居を定めている関係上、どうしても関心が向く。以前にも本欄で『舛ノ山』の事を書いたことがあるが、彼も母親はフィリピン人で、こういった世界に日比間の子弟が活躍するとはやはり時代を感じさせる。

 舛ノ山も1990年生まれで高安と同じ年齢になるが、名古屋場所の番付では東十両筆頭に付けたから、勝ち越せば入幕は間違いない。舛ノ山は千賀ノ浦部屋だから、名古屋場所では高安とぶつかる可能性もあるから話題になるのではないか。

 フィリピン人は根気がないとよく言われるが、相撲のように我慢に我慢を重ねて昇進するような世界ではとりわけその欠点が出ないように両力士に望みたい。実際、舛ノ山など好調かと思うと不調に陥る波があって、注意が必要である。

 フィリピン人には根気がないと書いたが、庶民はろくな食事をしていない国情、しかも暑くて日本人の思う根性など要求する方が無理と理解した方が良い。

 昔、フィリピンに進出した日本人駐在員はフィリピン人を根性なしと貶していたが、雲の上に座っているような存在からは本当の姿は見えず、思い上がった何者でもない。

 最近、進出著しい韓国人がフィリピン人をかつての日本人と同じ目と態度で問題を起こしているらしいが、一流になれない国は得てして同じ軌跡を描くものだ。

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author:cebushima, category:閑話休題2011年6月, 10:21
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6月28日(火) 曇り、微風 閑話休題 《 キムチは世界遺産になるか? 》
キムチ 世界遺産に登録されると、一躍脚光を浴びて観光客が増え、この経済効果を狙って申請する国と地域は多い。

 世界遺産はユネスコが選定し自然や文化を対象にしているが、『無形文化遺産』というものもある。

 これは芸能や祭礼行事、伝統工芸などを対象としたもので、例えば日本では能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎が登録されている。この顔ぶれから落語や浪曲、日本舞踊といった、いわゆる古典芸能は全部入り、相撲だって相応しいと思うがきりがない。

 登録された三分野は専用の国立劇場などが作られているように(歌舞伎の場合はないが私企業が所有)政治と密着していないと登録は難しいのだろう。

 韓国のニュースを見ていたら『アリラン』や『キムチ』は文化遺産に入らないのかという記事があった。これは中国がアリランを国内少数民族の一つ朝鮮族の無形文化財として認定したことに触れていて、韓国内の無形文化財登録の盲点、弱点を俎上に挙げていた。

 ユネスコに世界遺産として申請する場合、国内で文化遺産として登録してある必要があって、アリランの場合、歌として有名ではあっても登録要件の保存団体が特定できなく暗礁に乗り上げた。国内法に問題があって、韓国側は文化財法を改正するようだが、中国に先を越されてしまいプライドを傷つけられたのは間違いない。

 記事の中でキムチ(写真)は文化財としてどうだという記述があったが、これこそ保存団体の特定など無理な話であるし、発想そのものに馬鹿げた感じで、それが文化財になるなら日本のタクワンも充分資格がある。

 日常的なものは遺産として登録するには馴染まず、つまらぬ国家意識を文化に持ち込むのは間違いの元になる。

 このキムチだが20年位前のセブにはキムチなど売っていなくて、日本人のおばさんが注文に応じて作っていて、今はどこのスーパーに行っても瓶詰めになったキムチが買えるから隔世の感がある。

 その昔、一度韓国内を貧乏旅行したことは何度も書いているが、私は辛いものには平気な方でも、この時食べたキムチは辛くて、水で洗ってもまだ辛く、日本で食べていたキムチは嘘じゃないかと思った位だった。

 中国に居た時も朝鮮族が経営する店でキムチを食べたが、これも辛くて同じキムチでも地域や出身地で辛さの違いがあるような気がする。

 中国といえば内陸部の四川省は辛い料理で有名な地域でその一つに『麻婆豆腐』がある。私は広東省に住んでいたがある時、広東人に麻婆豆腐を食べさせたら『こんな辛いものは食べられない』と怒った。

 四川人に対する蔑視観の強いこの人物、聞いてみると広東には辛い料理はなく、子どもの時からトウガラシなど食べたことがないらしい。

 所変われば変わるものだが、このトウガラシも16世紀に日本から渡ったもので、それ以前の朝鮮半島では日本と同じ塩漬けの漬物を食べていた。

 
現在の辛いキムチ仕様になったのは18世紀以降というから食べ物も時代を経て変わるということになる。なお、トウガラシはメキシコもしくはアンデス山地原産という。

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author:cebushima, category:閑話休題2011年6月, 09:59
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