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1月31日(金) 曇り、夜半から雨、軽風 閑話休題 《 今日は『春節』か…… 》
 フィリピンには中国系の住民が総人口の1%程度いるといわれている。現在のフィリピンの人口は1億人を超えているから、単純に見ても100万人以上はいると見ても良いだろう。この中国系という定義は詳しく調べたわけではないが、フィリピン国籍を取った『華人』、長年住んでいるが国籍を取っていない『華僑』の数であって、いわゆる中国系の血を引いているフィリピン人を加えれば、100万人の何倍にも行くようだ。

 歴代大統領に中国系出は何人もいるし、現大統領のアキノもその元は中国系につながる。元々マレイ系と大陸系、それに宗主国だったスペイン系がフィリピン土着の固有部族と結びついて現在に至るのがフィリピン国民だから、何々系など大した意味はないようだ。

 ただし、先ほどの中国系100万人にというのはほとんど純粋系で、これは全部とはいわないが中国人は他国の人間と結婚しない、交わらない世界を形作っていて、これがまた、中国系の強さにもなる。実際、私の中国系の知人には結婚したい相手がフィリピン人のために結婚できない例はいくつもあって、悲劇を生んでいる。

 中国系は他所の民族と交わらないと書いたが、実際はどこの国に行っても中国系というのは住んでいて、写真は数年前に行ったマレイシアの世界遺産にもなっているマラッカの街並みで、アジアの各地にはこういった中国人が根を下ろした町がたくさん残る。

 さて、今日は『春節』。春節と聞くと今ではどういうものか理解するが、1990年代後半に中国で仕事をするまではあまり良く分からなかった。私が住んでいたのは広東省だったが、春節直前になると近くの町で『花市』が開かれ、南に位置する広東省とはいえ春節前は冷え込み厳しく、厚着をして出かけたものだが、もう空気は花の匂いと共にほのかに緩んでいる雰囲気で、この季節を正月とした中国人の気持ちが分かるような気がした。

 この春節は、また民族の大移動で、とある工場を預かっていた私には頭の痛い時期でもあった。広東省で働く人間のほとんどは中国西部の四川省出身者が多く、この人間が春節を利用して帰省するが、家に帰るまで3日も4日もかかる人はざらで、中国大陸の大きさと不便さにも驚いた。往復1週間はかかり、帰省先で時間を過ごす時間を加えると最低でも2週間は休みの申請が春節前には殺到。

 こちらもその辺りの事情は分かっているから、生産計画は織り込み済みで鷹揚に構えているが、中には親孝行のために1か月休みたいとか、春節を利用して結婚するから3か月休暇をくれなどというのも出てきて、対応に苦慮する。こういう時は、同郷の人間からその人間の働きぶりや身辺の情報を聞いて、本当なら承諾する。

 しかし工場としてはそういった長期の穴は大きいので、『いったん工場を辞める手続きをして、帰って来た時にまた採用する』と因果を含めて送り出したが、大体この手の人物は、他に賃金の良い工場を見つけて帰ってこないのが多かった。

 広東省には3年住み、1990年代の経済開放政策で荒馬の様な中国の姿を見て、それなりに貴重な体験をしたと思っているし、何よりも199771日の『香港返還』時の空気を体験したことは忘れられない思い出となっている。この日、中国側では普通に昼間は仕事をしていたが、住まいにテレビがないので、近くのホテルに部屋を取って返還式の様子を見ていた。

 ホテルの外は返還後の難しさを予感させるような土砂降りで、その雨が一番印象的だった。中国は『一国二制度』という妙手を採用して50年間(2047年まで)は香港の立場を尊重するとなっているが、あれからすでに3分の1が経った。

 返還に合意したイギリスのサッチャー、中国の小平も既にこの世になく、両者ともどうせ問題が出ても『今生きている人間が解決すれば良い』とあの世で思っているのだろう。私は長生きすれば33年後、いやその数年前にこの奇妙な『一国二制度』は再度どのように扱われるのかこの目で見られる。

 と書いて、そういえば3年も居て、上海も北京も知らず、広東省に塩漬けになっていたなと思い出し、もっと中国国内を旅行すれば良かったと半ば悔やむ。


author:cebushima, category:閑話休題2014年1月, 20:21
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1月30日(木) 晴れ、軽風 閑話休題 《 パソコンの私的世界 》
 昨日の『閑話休題』で、ウィンドーズ・ソフトは『98』云々と書いたので、そういったパソコンの世界に触れてみたい。私が自宅でパソコンをやり出したのはウィンドーズ・ソフトでいえば『Me』だから、2000年くらいになり、それまでは他の場所で『98』を使っていた。

 パソコンをいじるきっかけは、『今覚えておかないとこの先無理かも知れない』と思ったからで、特にインターネットがどうのこうのと興味を持っていたわけではない。

 パソコンに入る前は『ワープロ』を使用していて、そちらは
3台目を使っていたから、それなりに分かっていても、ワープロとコンピューターは仕組みも機能も全く違っていて『オヤ』と思いながら、習うより慣れろでマスターしていった。

 パソコンの使用説明書など読むと、こういうパソコンの解説書を書く人間は日本語の基本的な能力が劣っているのではないかと思ったくらいで、難解な語彙を使い、どう見ても消費者に親切ではなかった。今でもパソコンのチョッと高度な分野に触れてみると、独りよがりの解説ばかりで、数行読んで投げ出すことが多く、パソコンの世界に埋まっている人物は、肝心の人間との対話ができないなどと、自分の能力不足を棚に上げて呟くことしばし。

 さて、写真に写っているのは現在使っているパソコンのマウスで、右側はブルートゥス・タイプで、調子が悪くなってしまい、左の黄色い通常の有線マウスを
11月にセブを襲った台風が来る前日に買って使っている。写真に少し写るキーボードもブルートゥスだから線はなく、しかもこのパソコンは一体型デスクトップという形式なので、何となく周りはスッキリした感じを持ち、しかも27インチという大画面。

 しかし、子どもの頃のテレビは
14インチが普通で、『そんなに前で観ては目に悪い』と2mくらい離されて観ていたから、せいぜい50センチくらいの距離でもっと大きいパソコンのモニターを眺めては良くないと思うが、ブラウン管式のテレビの時代とは違い、液晶式はまた違う画面になっているのだろう。

 今は、もっぱらこの一体型パソコンを使用していて、
ノートパソコンとは縁が切れている。それでもこれまでノートパソコンを5台は色々使っていて、メーカーに文句が多い割には買っている人間になる。最初は東芝だったが、故障が2台続いてあったので、東芝は信頼を失いHPに乗り換えたら、それ以来故障はなくなった。

 その他にセブで作ってもらった普通のデスクトップが2台あって、こちらはソフトも古くなって、メモリーが
256KBなどという時代なので、ほとんど使わず塩漬け状態だが、古くてもチャンと使えるからノートパソコンよりははるかに丈夫。一方、使わないノートパソコンは埃をかぶって積んであり、また電源を入れて使おうという気を持たないから不思議。私はあまり物を使い捨てにしない方ながら、ノートパソコンに限っては3年くらいで買い替える状態で、メーカーの良いお得意になっている。

 現在のパソコンはウィンドーズ
7を使い、こういったソフトは3年くらいで新しいのが出る仕組みになっていて、買い替えさせるようになっている。今はウィンドーズ8やらで、タッチパネルがどうのこうのと売り物にしているが、内容としては『98』と基本的には変わっていないようで、自動車会社が売らんがために不必要なモデル・チェンジをするのと全く同じ構図。

 とはいっても一度ウィンドーズの餌食になると、ズーッと使い続けなければならず、アップルなど結構良い機種を出しているので興味を持つが、日本に行って知人の家で仕方なくアップル機種を使わせてもらっても慣れず、この辺りは痛し痒しである。

 さて、春になったらラオスへ行く予定があって、この時仕事で使うパソコンをどうしようかと思案している。思い切って『タブレット』にしたらどうかと調べたら、値段も安く、軽く、バッテリーも長時間というのが主流になっていて画面も
10インチを越している。難点をいえばHDディスク容量が小さいが、携帯用にすればそれほど影響はない。

 ただ、こういったタブレットはタッチパネルを売り物にしていて、今使っている
HPのデスクトップもタッチパネルであっても、私の場合ほとんど使わず、小さな虫が来て接触すると画面が変わったりしてこの方式も善し悪しである。

 それに文章を書くにはやはりキーボードに勝るものはなく、タブレットの弱点と見るが、今はキーボード一体式などもあって、だいぶこちらの方に気持ちが傾いている。こうして、パソコン会社の触手に自ら望んで絡め取られるのだからこの業界は儲かるはずで、アップルなど昨年第4四半期の売り上げが史上最高という。


 
author:cebushima, category:閑話休題2014年1月, 21:25
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1月29日(水) 晴れ時々曇り、中風 閑話休題 《 辺見庸 『不安の世紀から』 》
  辺見庸の著作というのはあまり読んでいないが1994年に発表した『もの食う人びと』は、ノンフィクション物では最高の部類に入ると思っていて、これは食べるという行為を通じて世界中のできごとを丹念に記述したもので、内容はほとんど覚えていないが、例えばノンフィクション・ライターになりたい人にはこの本を学んでも損はないと勧めている。

 『もの食う人びと』はその年の第16回講談社ノンフィクション賞を受賞し、この賞は第1回で、立花隆と柳田邦夫が受賞しているから、質は高いと見て良いだろう。

 辺見庸はその
3年前に『自動起床装置』という奇妙な題名の作品で第105回芥川賞を受賞していて、文章力の強さに定評があり、最近では2011年中原中也賞、2012年高見順賞を受賞し詩人としての感性も高い。

 今回読んだ『不安の世紀から』は対談集で、読まずに積んであった文庫本の中から正月に見つけたが、文庫本になる前は
1997年に刊行されている。この対談はNHK教育テレビがETV特集で前年に放映していて、それを加筆、校正したもので、NHKも当時は骨のあるところ見せている。

 今の
NHKは報道というより『政府広報』機関であって、先日には新しく就任した会長が『慰安婦問題』に失言し、物議を醸しているが、『あれは個人的な見解でうっかり言ってしまった』との本人の弁明がシャアシャアと流され首にもならず、それで通ってしまう日本の現状というのはかなり酷い。私感だが今度のNHK会長というのはどういう人生を送った人間かよく分からないが、品性、教養のなさが顔に表れている。

 今を絶頂と自負する安倍政権だが、こういった外堀を人事で埋め、自分好みの翼賛体制を推進、日銀といい、
NHK経営委員の人選など大成功。これに対して一矢も報えない批判陣営もだらしないといえばだらしない。長々とNHKのことを書いてしまったが、辺見庸は共同通信社の記者出身で、中国特派員時代は中国政府の機密文書をスクープして国外退去処分になった人物だから、その立ち位置は分かる。

 長らくメディアの世界に身をいた人物だからメディアに対しての分析、舌鋒は鋭く本書の中でもメディアに対して今は報道ではなく『意識産業』であって、その在り方、危険性を看破している。そういう目で見ると社会の木鐸などと見栄を切る大手新聞社や、どうでも良い番組を垂れ流すテレビ局は人間本来の敵、電気の無駄遣いではないかと納得してしまう。

 さて、本書の出た背景は
1995320日に発生したオウム真理教による『地下鉄サリン事件』があって、この時、辺見庸は日比谷線神谷町駅で事件に遭遇、被害者を救出したことがあった。その時、それまでは報道する立場に居たので、事件の時に報道の内側に居る自分の姿に違和感を覚えたという。

 あの事件の時は被害を受けた車両から駅に降ろされた乗客が、ホーム上で多数横たわっているのに、他の車両から降りた乗客はそれら被害者の足を跨いで、何事もなかったように出口に急いだという。これを辺見は日本人の異論を許さない日頃の『慣れ』と断定し、その慣れがこういう事件を発生する原因だったのではないかと見ている。

 さて、本書は冒頭で表題の『不安』を対象のない恐れの感覚とし、『恐怖』は特定の対象があるものと解説し、辺見ワールドにひき込んでくれ、その時代の事件を中心に学者、文学者、映画監督と対談しているが、とりわけ
2番目の対談は当時の『ボスニア紛争』をテーマにし『民族浄化』といった問題を語り、何よりも当時の世界世論が無関心だったことが、一番の原因ではなかったかと見ている。

 確かに最近でも南スーダンでも部族対立から『浄化=相手を抹殺』が平然と行われているから根は深い。私自身もボスニア問題などどう縺れていて、理解できない部分も多かったが、本書を読んでその紛争の背景というのはおぼろげながら形を得た。今は紛争は収まっているが、私の知人が最近、この地域にあるセルビアで仕事をしていて、帰ったらゆっくり現地事情などの話を聞いてみたいと思っている。

 映画監督との対談もセルビアを舞台にした同監督の映画『アンダーグラウンド』をテーマにしているが、この映画はあらすじを読んだだけでも面白く、どこかで観られる機会があったら是非観たいものだ。

 本書の欠点はその後爆発的に増殖する『インターネット』が語られていないことだが、ウィンドーズが一般向けに開発普及させたソフトの大ヒットが『
98』だから、本書を読む限りでは仕方がないであろう。あまり対談集など読まない私だが、本書は非常に啓発され、105円は安かった。


author:cebushima, category:閑話休題2014年1月, 19:42
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