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へそ曲がりセブ島暮らし2018年 その(21) 雨の降り続いたマニラ小旅行(序章)

 マニラ湾の入り口に『コレヒドール』という島がある。この島は先の大戦中に日本軍と米比の連合軍が戦った激戦地で、今はツアー船で簡単に行ける観光地となっている。

【向こうに見えるのが第2ターミナル】

 フィリピンには先の大戦の戦跡は多いが、このコレヒドール島は日本軍がバタアン半島の米比軍を降伏させた後、米比軍がマッカーサーと共に立て籠もった要塞島で、日本軍が緒戦の勢いを駆って対岸から上陸作戦を敢行し陥落させた。

 マッカーサーは日本軍に攻撃される前に魚雷艇に乗って島から脱出したのは知られているが、後にフィリピンに再上陸してその汚名も何となく薄れてしまったが、こういう人物を共和党は大統領候補に動いたし本人も野心満々だったから、アメリカ人の政治センスは今のトランプを見るまでもなくレベルは低い。

 日本軍の天下も一朝の夢で、敗戦の年の1945
年2
月、コレヒドール島に対して米軍の空挺部隊の降下と空爆、砲撃によって日本軍守備隊4500人中、20人足らずしか生き残らなかったというから稀に見る日本兵虐殺の島となった。

 このコレヒドール島の日本軍守備隊は輸送船攻撃、沈没で生き残った陸軍兵や海軍の撃沈された乗組員などで構成されていて、特に戦艦『武蔵』が撃沈された後に巨大戦艦の撃沈が世に広まるのを恐れた軍上層部が、生存者をこの島に押し込められたのは有名な話しである。

 死ぬために集められた守備隊で、こういった無毒された島を、しかも戦いの趨勢は決していた時期に攻撃をしたのは、島から追い出されたマッカーサーの個人的な恨みとあり、マッカーサーのフィリピン反攻も戦略上意味がないと軍内部でも反対は強かった。

 このように作戦と称しながら、個人の恨みというつまらない理由で人命が消耗して行くのが戦争の実相であり、愛国心や名誉でも何でもない。

 と書いたが、週末を挟んでマニラへ3泊4日の小旅行の中に、コレヒドール島へ行く予定を組んだが、おりしも台風5号(ドメン)が発生し北部に移動中で、マニラは連日の雨となり、コレヒドール島行きのツアー船も欠航し行くことは出来なかった。

 写真はマニラ国際空港に着陸し、降機場の第2ターミナルへ向かう様子で、セブを発ち飛行中は曇天であったが、着陸態勢に入ってから機体は雨に包まれ、窓に雨が筋のように流れる。

 

 乗った飛行機会社は、今や名門のフィリピン航空を追い抜く勢いの低価格航空会社(LCC)の『セブ・パシフィック』だが、LCCというのは定時に発着しないのが当たり前になっていて、この便では何と4時間も遅れた。

 

 こんなに遅れるとなると通常はキャンセルになるが、飛んだことは良いとしても、4時間も遅れるような運航体制はどうしようもない会社であることは間違いない。

 

 運行規定でどうなっているか分からないが、この遅れのために鳥の空揚げとご飯の入ったパックが配られたが、大手ファーストフードの品物で、不味いのは分かっているので蓋を開けずに他の人にあげた。

 

 この4時間の遅れで、マニラで乗り継ごうとした旅客は完全に乗り遅れるが、カウンターにそういった客が詰め掛けていたが、どのように処理されたかは分からず、大きな迷惑を受けたのは確かである。

 

 ようやく乗り込んだ飛行機はエアバスA330で、こんな大きな飛行機を飛ばしているから遅れに遅れるのだと機内を見ると、座席を2本の通路を持つ3席×3席×3席の一列9人掛けという詰めこみ。

 

 エアバスA330は世界各国で使われている人気の大型機で、標準的な座席は2席×4席×2席の8人掛けだが、セブ・パシフィックは値段の安い分詰め込んで元を取ろうとしているのがありありで、こういう配置では窓側に座ったらとてもではないが、トイレに行くために席を立てない。

 

 こうして、3泊4日のマニラ小旅行は始まったが、表題のようにマニラ到着からマニラ離陸まで雨が降り続き、セブへ帰ってこの間雨が降ったのか聞いたら、全く雨は降らなかったというから、フィリピンも南北に長い国だなと再認識した。

 


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2018, 19:27
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