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マニラ逍遥 2018年 その(6) 雨の降るチャイナ・タウンのオンピン通りへ

 マニラのチャイナ・タウン地域は『ビノンド』と呼ばれていて、その中心を貫き通る道が『オンピン通り』で、写真−1は『王彬北橋』と金文字で印されている門。

【写真−1 そぼ降る雨が情緒的に通りを濡らす

 

 王彬とは英語で『Ramon Ongpin』と書き、スペインの植民地時代に独立運動に活躍した中国系の移民で、実業家としても成功している人物。その偉業を記念して門が造られ、北橋とあるように南橋が通りを進んだ川の袂に建っている。

 ビノンドという地名は『高い所』という意味で、その昔、マニラ湾側から見てパッシグ川沿いのこの地が低地であったマニラより少し高かったのでそう名付けられた。

 この地に中国系が集中的に住みだしたのはスペインの植民化によって、ビノンドの対岸のイントラムロスにスペイン人居住区が出来発展したが、大陸から流入する中国人の対策に困ったスペインが、ビノンドの地にカトリック教徒に改宗した中国人を住まわせたのが始まりという。

 元々は食うや食わずの中国からの移民であるが、今やフィリピンの経済をあらゆる分野で握り、フィリピンの大富豪のベスト10は中国系が占めている。

【写真−2 写真に撮るとドブ川も川面を打つ雨もあって川らしく見える】

 写真−2は王彬北橋の上から眺めた川の様子で、今やドブ川と化し見るのも憚れるが、この川はパッシグ川に通じていて、その昔はマニラ湾に停泊する船から荷物を降ろして小舟で運んだ水路で水路沿いの倉庫に運んだという。

 このような水路がビノンドにはたくさんあって、今は汚れきっていて全くそういう面影はないが、いわばビノンド発展の動脈であったが、プラスティック・ゴミが浮かんでいる。

 

この日は雨が降っていて臭気は感じなかったが、日の照った暑い日は相当な臭さになる。こういう水路を再生して、水上交通に利用すれば良いと思うが、そういう考えになるにはあまりにも汚過ぎる。

 オンピン通りは一方通行になっている狭い道だが、両側には低いビルが建ち1階は様々な商店が店を構え、掲げられた看板だけを見ていると中国と同じような雰囲気。

 それでも漢字と英語の両方の表記で分かり易く、フィリピンで最近とみに多くなったハングルだけの看板の店など、韓国人しか分からず植民地主義丸出し、どういうつもりで外国に進出したのか疑う例も多くなった。

 

【写真−3 こういう自衛消防隊の車は何台も地域で見られた】


 オンピン通りを外れて横丁に入ると写真−3の赤い車が目に付いた。これはビノンドに住む中国系の人々の消防組織が使う消火用の水を運ぶタンク車で、かなり年式も新しい。

 フィリピンの自治体の消防体制というのは非常にお粗末で、いまだ日本の中古の消防車が無償で寄贈されて喜んでいる状態で、今はどうか分からないが消防士の質も悪く、火事を消しに行くのではなく火事場泥棒をやっていると信用がなかった。

 そのため、火事場泥棒を恐れた中国系はフィリピンの消防を頼らず、自前で消防組織を作り運営し、これは中国系が多く住む地域にはありセブにもある。

 ここに滞在中に一度サイレンを鳴らして消防車が走って行ったが、やはり自衛消防隊の消防車で、その様子は本職の消防士顔負けであった。

 この自衛消防隊組織は日本の消防団の様なボランティア組織となり、中国系が資金を出していても、火災の際はどこでも区別なく駆け付けるので信頼性は高く、車の正面に地域名が書かれていて、かなり組織的に運営している様子が分かる。



 

author:cebushima, category:マニラ逍遥 2018年, 19:30
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